情報計数学科30周年記念誌


この30年:変化と会計教育


元 宇部興産株式会社 常任監査役
石田 甫


情報計数学科開設30周年、まことにおめでとうございます。随想を求められましたの を機会に調べましたところ、小生昭和44年(1969)から講師の末席をけがしていること がわかり、いまさらながらその長さに驚いています。当初は経営工学、しばらくして 「計算機応用II」も担当、1989年からは「会計学」IとIIの担当と変わっております。 この非常勤講師、片方の足を企業の舟に置きながら、他の片方は学校という舟に掛け て、はた目には甚だ危なかっしい舟操り=講義をしてきたわけでして、省みていささ かじくじたるものを覚えます。

さて10年ひと昔、30年前のことともなれば相当に古い話となりますが、その時代の情 報処理機械とはどんなものだったのでしょうか。私の勤務していました会社では1965 年当時はUNIVAC-1050という中型機を使っておりましたが、1968年には大型機 UNIVAC-1107に置き換えました。 この機械実は1962年に米国コンピュ−タの視察に渡米した当時は、 まだ市場にはでていなくて、工場でようやく組上がったものを見るという段階 でした。

その1962年当時会社で使用していましたUNIVAC-120という小型計算機の、月のレンタ ル料は約50万円、これに対し新しい1107機の月レンタル料は確か1千万を超すという のです。これを聞いただけで、このマシン所詮わが会社には無縁のものだと思ったも のでしたが、それからわずか6年にしてこれを − レンタル料は大幅に下落していま した − 導入することになった訳です。

それからさらに27年、今日20万円足らずで入手できるパソコンもその性能は、1962年 その値段の高さに目をむいた大型機のそれを遥かに凌駕しております。先ほどふれま した、UNIVAC-120というのは1957年に西日本で初めて導入された、その当時としては 画期的な計算機であり、会社でもこの"人工頭脳"を鎮座させるため、防塵を考慮して わざわざ窓無しの建物を建築した程、虎の子扱いをしていたのですが、この計算機今 日の眼から見れば計算機というよりは "計算機もどき" であったとしか思えません。

この目まぐるしいコンピュータ技術の進歩、発展についてはこれ以上の説明は不要で しょう。この金物の進歩と歩調を合わせて、ソフトウェアもまた当然大きな発展を 遂げました。ただ残念ながら小生のソフトウェアの知識はきわめて限られたものに しかすぎません。小生のかつかつ読み・書きできるプログラム言語といえばFORTRANと BASICだけ、COBOLもC言語もすべて落第という始末で、ソフトについて論評する資格は ありません。ただ身にしみてソフトの大進歩だと感じているのは、パッケージ化された ソフトの発展です。これまでBASICでごちゃごちゃと組んできた、行列を利用する事務 計算のプログラム(行列簿記、原価計算、投入産出モデル、利益差異分析)は、 Lotus 1-2-3 の中の行列演算命令でいとも簡単に代行できることになったのは、 小生にとっての大福音であり、無条件にこのソフトに脱帽をしている次第です。

ついでながら最初私が使用した大型機用のBASICには、MAT命令という行列演算の便利な 命令が備わっていたのですが、パソコン用のBASICではこの機能が外され、否応なしに FOR・・・・NEXTの繰り返し命令を書く馬鹿ばかしさを痛感させられてきたのですが、 この状況は改善されているのでしょうか。

さて小生がコンピュータ業務に携わり始めた1956年当時には、夢想だにできなかった ハ−ドとソフトの大進歩、大発展は上述のとおりですが、企業はこれを経営あるいは 管理上においてどう利用したでしょうか。もちろんこの道具の利用の仕方は、文字通 り千差万別で十把一からげの扱いはできません。理想型としての完全自動化工場、自 動化した経営管理システムが考えられる一方で、管理の仕方は旧態そのままというの もありましょう。

ここでは小生がかねがね不審に思っており、それはまた小生担当の講義にも関連する 疑問を一つ取り上げてみましょう。会計実務のコンピュ−タ化が進展するとすれば、 これに応じ会計学の教育方法、より具体的には会計学、簿記のテキストもそれ相応に 変化して当然と思えるのに、実際はコンピュ−タどこ吹く風といった、いとも暢気な 教科書が圧倒的に多いのは一体どういうわけなのでしょうか。

統計数字が手元にないため単なる推論にすぎませんが、日本の企業が日々行う会計記 帳事務は今日では、全面的あるいは少なくとも部分的にはコンピュ−タ処理がなされ ており、コンピュ−タ以前に行われたと同じ手作業記帳によっているのは極めて少な いのではないかと小生は考えます。

もしそうだとしたとき、コンピュ−タが行う会計記帳事務、簿記処理の具体的なやり 方は、手作業のそれに比べてどう変わるのでしょうか。簿記過程というのは一般的に はつぎの6つのプロセスから構成されると考えられています。
1 2 3 取引認識 → 仕訳伝票作成 → 仕訳日記帳記録 → 4 5 6 → 元帳記録 ―→ 試算表作成 ――→ 貸借対照表作成               └―→ 損益計算書作成
コンピュ−タ処理は 3--6 のプロセスで行われます。手作業の場合、この 3--6 のステ ップは必ずこの順序で踏まなければならない手順であったのに対し、コンピュ−タの 場合、3--6 のいずれの手順を先に取るかは全く自由です。

次に人間の判断でなくてはできないと一般に信じられている取引の仕訳自体もコン ピュ−タ処理が可能であります。いわゆるコンピュ−タの自動仕訳という方法が開発 されております。

ところで簿記といえば人は必ず借方・貸方という言葉を直ぐに連想します。事実会計 担当者は取引をT字型フォ−ムという記録様式の左側(借方)と右側(貸方)とに記入して います。この方法を貸借複記簿記といい、実は何百年と続いたやり方となっていまし て、簿記の方法はこれしかないと思われていますが、これが唯一のものではありません。

借方・貸方という概念を一切用いないで同じ会計処理ができます。記録の様式もT字型 フォ−ムではなく、行列形式(展開表と呼びます)で記録します。アメリカの会計学入門 テキストでは相当前からこの展開表簿記が紹介されていましたが、カ−ネギメロン大学 の井尻教授によって極めて説得的な理論展開がなされ、また今年には大阪市大の石川教 授がこの展開表簿記をふくめた簿記法一般についての大変論理的な著書を刊行されてお ります。

ところでかつてのコンピュ−タ会計開発担当者としての小生が興味をもっていますのは、 この新しい簿記法のコンピュータによる実践であります。展開表という形式は、表計算 ソフトが作り出すワ−クシ−トの形式そのものであります。貸借簿記においては、最低 「仕訳日記帳」「元帳」「試算表」という3種類の帳簿と表を作成しなければなりません し、その3つはいずれも転記という作業が介在します。ところが展開表においては一度の 記入によってこの3つを兼ねた表を作成することができます。手数からいえば 展開表簿記は貸借簿記の1/3以下の筈です。

さてこれから以下が小生の借問であります。

  1. 高校や大学の簿記・会計学の学徒を対象として刊行されている日本の 簿記書はな ぜこれらの簿記処理技術の変化についてふれないのであるか。
  2. 展開表処理は表計算ソフト(例えば Lotus 1-2-3)を用いることに よって極めて容易に実用化できると思われるのにこれに触れた簿記書は皆 無なのではないか。
  3. いや行列形式で扱っている教科書はないわけではない。会計等式即ち 「資産=負債+ 資本」の各項変動の記録方式を取り上げている。折角会計等式によって、資産または負 債の変動が、資本の変動を引き起こすことを説明するのであれば、ついでにそれが<当 期損益の発生>=<収益・費用の発生>を引き起こすことである説明を省略する理由は なさそうに思えるのであるが、なぜわずかの手数を惜しむのであろうか。

等々のいくつかの疑問が残ります。かつてそうであった実務屋の立場からしますと、教 育のことの心配など余計なことであります。ただ冒頭で述べましたように片足を教育の 舟にかけてきた手前、どうも気になって仕様がないというわけで、折角のおめでたい30 年誌に余りおめでたくない感想を記すことになりました。


宇部フロンティア大学短期大学部(旧 宇部短期大学)