山口地域情報科学研究会
―― 十周年特集号より(昭和53年6月1日発行) ----


情報科学研究会発足当時の思い出

田村三郎(山口大学教養部、元宇部短期大学工業計数科)


 宇部短大の工業計数科に赴任したのは、昭和41年秋のことでした。私は計算機関係のことに関しては全くの素人でしたので、学生たちの指導のことはともかく、科の先生方の研究をどのようにおし進めていくべきでろうかと思いなやんでおりました。

 科のメンバーのうち幸い市山先生だけは九大の栗原先生のもとで研究をしておられましたので、計算機関係の研究については栗原先生に指導助言していただくのがよいだろうと考えついたのでした。そこで昭和42年5月頃、市山先生と水産大の斉藤先生ともども栗原先生をお訪ねしたのです。その折、栗原先生より「計算機関係の研究は今からはグループで研究すべきであろうから、近くの先生がた(山口大学工学部や宇部高専の先生方)と共同して、山口に研究グループを作ってはどうか、また、そのグループと九大とも時折交流することにしたらよいだろう。」という御助言をいただいたわけです。

 早速、山大工学部や宇部高専の人たちに連絡し、平田先生、嶺先生、土井先生と私の4人が宇部高専に集まって初めての打ち合わせをしたように思っています。その折、ともかく研究会を作るようにしようではないかという合意がえられ、6月1日に設立準備懇談会を開くことにしようということや、平田先生に暫定連絡委員をお願いすることなども決まったように思います。特に研究会の名前「情報科学研究会」については、土井先生が発案されたと記憶しています。先生は、共立出版の「情報科学講座」からヒントを得たと言っておられましたが、当時まだあまりポピュラーでなかった「情報科学」という言葉を使用された点、大きな卓見であったと思っています。

 6月1日に初めての会合が山大工学部で開かれ、会長に佐々木次郎先生を選出し、いよいよ「情報科学研究会」が発足することになったのです。その時、斉藤先生が「クリーネの正規表現について」を発表しておられます。神谷先生には「自動制御理論」のお話をしていただきました。続いて7月17日と18日の両日には、九大の先生方との交流セミナーが湯野温泉で開かれ、みのりの多い研究発表と討論がなされ、食後の懇談など大変有意義なことであったと思っています。

 この10年間の間に、栗原先生、神谷先生がお亡くなりになったことは何ともさびしい限りです。両先生のご冥福を祈って筆をおきます。(昭和53年6月1日)

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